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生きること・学ぶこと
文:吉田公平

第二十四回

「知ることと分かること」


「知っている」の反対は「知らない」。「分かっている」の反対は「分からない」。

「知っている」と「分かっている」とは、同じような意味のようでありながら、わたしたちは両者を分けて用いている。

「知っている」とは、あれこれのことを知識として「知っている」ことである。それに対して「分かっている」とは、単に「知っている」ことではなくして、「知っている」内容について価値判断を加えて是非善悪を「分けて」いることをいう。

「知っている」内容が「知識」といわれるのに対して、「分かる」営みのことを「分析する」「分別する」「分解する」「解析する」などと言い換えたりする。

「知識」としては知ってはいても、その知識が持つ意味や社会的意義を理解していないときは、まだ「分かっていない」という。

「知っている」と「知らない」との違いは「知識」の有無であるから、両者を区別するのはたやすい。
ペーパーテストが問うのはこの「知識」の有無である。

「分かっている」と「分かっていない」との違いは、知識を前提にした価値判断の区別であるから、両者の差異は、判断の有無ではなくして、判断内容の違いを示すことになる。

知識は基本的には言葉で表現されて他者と共有できる。その意味では知識は普遍性をもつ。

それに対して価値判断は、共有できる場合には賛成するが、異なる場合には反対する。その場合に、価値観を共有できない相手を「お前は本当に分かっているのか」という批判の仕方をする。

「あいつは分かっていない」というときには、彼がそのことについて何も知らない、知識がないというのではない。知識としては共有しながらも、価値判断が異なるときに「あいつは分かっていない」という。

「分かる」ことは他人がその人に替わってすることはできない。あくまでもその人固有の経験である。その意味ではその「分かったこと」を言葉で説明しても、他者はそれを知識としては理解しても、それはあくまでも「知る」ことであって、必ずしも「分かる」ことを意味しない。

この本当に分かることを昔は「悟る」とか「体認する」とかいった。



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