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生きること・学ぶこと

文:吉田公平

第九回

「花と実」


西行法師に「吉野山、梢の花をみし日より、心は身にもそはずなりけり」(『山家集』)という歌がある。

ある時に花に象徴される美を視てしまったがために、その時以来、心は現実の世界を超越してしまったというのである。

詩人の本領であろう。すでに視てしまったものを、今さら視なかったことにすることは出来ない。道にせよ美にせよ、視ていない人・視ることに無縁の人の目には、見てしまった人の「狂気」を理解することは、難しいかもしれない。

「狂気」に駆られて美の世界を彷捜するものは、誘われて旅に出る。

何かが目当てなのではあるまい。旅することそのことが「狂気」を癒してくれるのであろう。日常性の中で世事にまみれて些事に追いかけられている俗人には、視てしまった美に追い立てられてする旅も羨望の的になるものだが、当人にはさぞや辛かろう。

旅に出たからと言って、その狂気が美を創造させてくれるとは限らない。さればといって、日常性の中に埋没したのでは美神は姿を隠してしまうに違いない。因果なものである。

それは美の世界に限らない神の啓示を聞いてしまった者は、聴かなかったことにすることはできない。

ある経験・わかるという経験がその人の生涯を決めてしまうことがある。その経験をしてしまったことに、至福の感謝を覚える者は、その感謝の念を代償にして、苦難を引き受けることになる。

その苦難は幸福と背中合わせのものか。

漂白された片側だけの、無菌室の中に、幸福が準備されていて、わたしの登場を待ち受けているかにみえる。それを億倖という。

俗に「棚から牡丹餅」ともいう。「牡丹は花の富貴なるもの」と中国の古人(周凍渓)はいったが、花に何を見るにせよ、花そのものも多種多様であるのが有り難い。単一の花の単色でも、詩人はそこに美を見いだすかもしれないが、生活者が発見することは易ではあるまい。

 


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