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生きること・学ぶこと

文:吉田公平

第一回

「資源としての東洋思想」


「資源としての東洋思想」という表現は聞き慣れない言葉かと思います。なぜ東洋哲学が資源なのかと不審に思われるかもしれません。でもごく自然のことなのです。

鉱物資源、例えば大昔、埋蔵されたままの石炭は、ただの自然物の一つであって名前さえありませんでした。それが人間にとって役に立つものだと価値が発見されて始めて資源となり、もはや自然物ではなく石炭という名前を付けられ、採掘されて市場に運ばれ、人間生活に活用されました。

同じことが、哲学思想にも言えます。わたしたちは、理解する、考える、判断する、ということをしないで生きることはできません。哲学するとか思索するとか身構えなくとも、日常生活の場では誰もがそのようにして生きています。それが習慣化されているために、自分が「哲学」していることを自覚していないだけのことです。

哲学や思索が、まるで専門家の占有物であるかのように考える人があるとすれば間違いです。生活者は誰もが哲学しているのです。

王陽明は「街ゆく人はみな聖人」といいましたが、「街ゆく人はみな哲人」なのです。でも、「街ゆく哲人」は哲学した内容を言葉の体系として残しません。それに対して哲学者・思想家といわれる人は、「街ゆく人」と同じように生活者として理解し、考え、判断したことを自らの思考で考え直し、その普遍的な意味を探求して言葉で表現して体系的に整理し、遺産として記録に残してきたのです。そうして思想は資源となりました。

資源を探求するのが哲学史研究・思想史研究です。誰が、どのようにして、いかなる遺産を残したかを調べ、人類の文化資源として活用することは容易な仕事ではありません。




「立 志」


その困難を引き受ける人は、ある志(目的)をもって、それを達成するのに相応しい方法で研究します。志を立てることが不可欠です。志はいつも鮮明な形をとるとは限りませんが、志の持ち方如何が研究の方法を左右し、成果を豊かにしたり貧しいものにしたりします。そしてそれは、研究者個人の資質や志による場合と、個人のレベルを超えて、彼らを取り巻く大状況の意思が研究者に強いている場合とがあります。

ここ五十年の研究の動向を大局的にいいますと、いわゆる「進歩史観」に基づく研究が主流でした。この方法の最大の欠点は、過去の遺産を活用することに熱心でないということです。今を生きているわれわれが哲学する、思索する際の資源として活用することに熱心ではありませんでした。

遺産は眠ったまま塩漬けにされてしまいがちでした。

その流れに批判的な発言をすると、親切な友人は「哲学史の研究に専念せよ」と忠告します。専門に閉じこもったほうが、非難中傷を浴びせられたりすることなく研究に没頭できる、安定した俸給が得られる、それは確かです。

古人は「明哲は保身する」(『中庸』)と言いました。それも時には大事かと思いますが、わたしは過去の世界に閉塞することをやめて、遺産を活かす手だてを考え、広い世界に問いかけてみたいと考えるようになりました。




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