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糸川英夫の日本の未来への警告
編:瀬川昌昭

第六回

「HowとWhy-(3)」


糸川英夫博士は、生涯の著作のなかで、「howとwhy」の問題についてたびたび触れている。今回も1992年発行「復活の超発想」からご紹介したい。

WHY文化の源泉はカフェテラス(縁台)にあり

 なぜ、リンゴは木から落ちるのか?
 なぜ、海の水はあふれ出さないのか?
 なぜ、地球にだけ生命が存在するのか?
 なぜ、人間は老いやがて死んでいくのか?

 WHY文化の発想は、かぎりなく哲学にちかい。直接的には、なんら人に益するところがなく、だいいち儲けにならない。
 だが、そういうWHYの発想が、長い時間を経ながら、めぐり巡って多くの人の心・多くの国の文化を豊かにする。その点、WHYの発想は、むしろ、哲学そのものだとさえいいうる。

 文明の基盤には、世界観すなわち哲学があった。そして、「なぜ? なぜ? なぜ?」の切磋琢磨、いいかえると、火花を散らすWHY情報のぶつかり合いのなかから科学が生まれた。
 では、WHY文化が生み出されるトポス(場)は、どこか? カフェテラスである、と私は思う。日本的イメージでいえば、むかしの江戸、明治の縁台だ。
 なぜ、そう考えたのか。

 私は現在、フラスン国立大学の教授でもある。その大学は、サンジェルマン・デプレ通りにある。通りには、サンジェルマン・デプレというカトリックの寺院が建っていて、その真ん前に「ドウ・マゴー」という名の喫茶店がある。「ドウ」とは「二つ」 の意味だ。話によると、むかし、同じマゴーという名前の哲学者がパリに二人いて、街の喫茶店で議論を戦わせては本を書いていたのだそうだ。パリの喫茶店はカフェテラスだから、歩道に並んだ椅子に腰掛けた人たちが、ドウ・マゴーの議論に耳を傾ける。議論が人々をとらえ、心をゆさぶる。

 こうして、WHYの発想が伝わり、WHY文化が築かれる。いまも、その喫茶店の棚には、二人のマゴーの本が並べられているのである。
 考えてみると、ギリンア時代の哲学も科学も、その淵源はカフェテラスから生まれた。ポリス(小都市)の石畳にうずくまり、あるいは径をあるきながら、議論を積み重ねた。そこから、数多くの原理・原則が飛び出した。
 それが、WHY文化の源泉だったのである。

 振り返ってみると、日本にも、かつてはカフェテラスがあった。縁台である。だが、日本の縁台は、人々が寄りつどい、世間話に花を咲かせ、遊びの舞台となり、情報交換の場所ではあったが、WHYを語り合い、議論を戦わす場としては発展しなかった。ここに、カフェテラスと縁台との本質的な差がある。
 私は、いま、縁台とカフェテラスを組み合わせた新しいトポスをつくり出し、みんなが寄りあつまって「なぜだ? なぜだ?」と議論し合うことが必要だと思う。そこから独特な民族のカルチャーが生まれてくると信じている。

『復活の超発想−--日本から新地球経済への提案』
P53〜P56



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