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糸川英夫の日本の未来への警告
編:瀬川昌昭

第五回

「HowとWhy-(2)」


糸川英夫博士は、生涯の著作のなかで、「howとwhy」の問題についてたびたび触れている。
前回は1990年創刊の「日本創成論」の一節を読み直したが、今回は1992年発行「復活の超発想」からご紹介したい。

日本にもWHY文化を根づかせよう

 日本は石に刻む文化を持たない。木簡からはじまり、紙に変わった。
 ちかごろ、奈良時代つまり一二〇〇年前ころの木簡が、ときどき土の中から出てきて、
夏場の暑気対策に天然氷を使ったとか、いろいろ話題を呼んでいるらしい。
 しかし、日本民族の記録もせいぜい千年がいいところで、一万年前となると皆目わからない。
縄文時代の記録はないのである。遺跡の出土品などから、ワイワイガヤガヤ想像を積み重ねる
ばかりなのだ。
 しかし、目を世界に転ずると、人類の文明が発祥した中東では、自然環境という基本的な条件もあって、記録は岩や石に刻んだ。数千年の時間を経て人から人へ、民族から民族へと伝わっていくうちに、一万年単位で歴史を考えるようになる。
 そうした世界では、HOWの発想は成り立たない。だから、WHYの大原則を立てる。
それが、思想の原動力となっていく。欧米の文化の強みはそこにある。
 ひるがえって、日本文化の長所でもあるHOWの発想は、これからもできるだけ伸ばすにこしたことはない。が、そこに止まったり、有頂天になるのは禁物だ。
 たとえば、日本の会社経営学は昨今、世界中の流行で、いろいろな国から大勢の人たちが学びにくる。たしかに、物をつくることにかけても、さまざまなノウハウに長けている。
 しかし、ことWHYにかけては決定的に弱いことを、よくよく肝に銘じておかねばならない。
HOW文化を捨て去る必要は毛頭ないが、これからはたとえ少しずつであっても一方のWHY文化を根づかせていかねばならない。そうでないと、やがてはHOW文化がWHY文化に敗れ去るときが必ずやってくる。
 いや、現に破れるという現象が起きている。
 先般、東京で、あるシンポジウムが開かれて、世界の特許関係者が集まった。そのとき話題になったのが、日本の某カメラ会社がハネウェル社に渡した例のオートフォーカスの特許料問題だった。
 オートフォーカス、つまり自動焦点カメラのことだが、肝心の自動焦点に関するメカニズムが、ハネウェルで特許を所有していたため係争になり、莫大な特許料を渡す羽目となった。会社の売上が、ほとんどすっ飛んでしまったのではないかとさえいわれるほどだった。
 オートフォーカスを考えた人と、それを使ってうまくもうけた人。だが、結局のところ、HOWはWHYに敗れた。
 これは一例で、近年、HOW文化とWHY文化との対決のような図式が、さまざまな形で出はじめている。
 先のシンポジウムでも、このことから、どうすれば日本がWHY文化を持てるようになるかをめぐって激論がかわされた。
 それこそ、″WHYのHOW″ということになるが、ことほどさように日本は、WHYが不足しているのだ。 
 つまるところ、WHY文化とは、人類の生存にかかわる原理・原則に立つこと、いいかえれば普遍的な哲学を持つということである。

『復活の超発想−--日本から新地球経済への提案』
P51〜P53









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